よみがえったシルクロードの音色

正倉院の渡来楽器を復元 18

「箏」
 糸の音色


 正倉院南倉に残る箏という十三弦の楽器は往時の形態を留めていないが、その残欠からどういうものかを推測することができる。日本に伝来した天平当時は和琴と区別するためか琴とは呼ばずに箏といった。現在では箏も琴も同じ意味で使われている。
 箏の起源は古く、戦国時代に覇をとなえた秦固有の楽器としてその名を文献に留め、秦の中国統一とともに全土に広がっていった。唐代になると十三弦の箏へと形態が変容し唐楽の主な楽器として発展した。
 この箏についての逸話が中国と日本の間に伝えられている。遣唐使に任命された雅楽師の藤原貞敏は、唐の都長安で劉二郎という琵琶の名手に師事をして当時の高い水準の音楽を学んだ。その娘に箏の名手がいて、箏曲を娘から数曲習ううちに二人は恋に落ち夫婦になった。一年後貞敏に帰国の命が下ると、二人は共に日本へ帰ることを決意した。その時唐の最高水準の箏の楽譜や楽器がもたらされたと思われる。
 またそれから約五〇年後、唐の僖宗帝は箏楽博士孟皇学をはじめとする六二人の楽師を日本に派遣し、宇多天皇は石川色子に命じ彼らから箏楽を学ばせたと『日本音楽史』(田辺尚雄)にある。


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